2015年2月25日水曜日

一本松で復興大臣印

〜古鼎堂・菊池さんリレー彫刻に参加(※合気道奥州道場三段)〜

平成27年2月25日 岩手日日新聞



 全国の印章業者が東日本大震災からの復興に願いを込め、大きな被害を受けた陸前高田市の「奇跡の一本松」を材料に復興大臣印を製作する取り組みに、一関市大東町摺沢字観音堂の「古鼎堂」で代表取締役を務める菊池亮さん(34)が参加している。全国からの案を基に決定した文字を、東京都に集まった職人が28日、一刀ずつ印材をリレーして彫刻する。菊池さんも古くからつながりの深い陸前高田の再生を祈り、県内の仲間と作業に臨む。

 印章業界では2013年、全日本印章業協会青年部連絡協議会が「一本松」の枝部分を使い、陸前高田市長の公印を仕上げ贈呈している。今回も北は北海道から、南は大阪府までの職人が参加。復興庁発行の感謝状や表彰状などに使用される公印を製作する。

 押印のデザインは全国からの案を集め、長所を取り入れて決定する方式。「復興大臣之印」の字のうち「興」は、人間の手が杯を支えている形が起源といわれ、案では手を取り合ってのより良い復興を念じて職人が意匠を凝らしている。

 菊池さんは所属する県印章業組合を通じてプロジェクトに招かれ、盛岡市内の2社と共に取り組む。本県のデザイン案は菊池さんが代表し、篆(てん)書体で書き上げた。「興」の字は、人間の手に当たる部分を強調したという。

 古鼎堂は大東町内で唯一の印章店。陸前高田市では震災以前から印章店が少ないことから、創業当初から同市でも営業を行ってきた。漁協や農協、郵便局、各種事業所などと長年の取引があり、3代目の菊池さんも毎週出向いているが、震災後は行方が分からなくなった人も多い。

 「(震災後の高田は)行くたびに少しずつ街並みが変わっている。悲しい出来事があっても笑顔を見せる人たちから強さを感じた」という菊池さん。業界でも珍しい取り組みに向け「技術を生かし、気持ちを込めて印を彫りたい」と思いを語っていた。

 印章は完成後、3月上旬に復興大臣に贈呈される予定。

【写真】一本松を材料とした復興大臣印の製作に参加している「古鼎堂」の菊池さん。本県分のデザイン案を手掛け、28日の「リレー彫刻」にも加わる

2015年1月29日木曜日

精神集中 竹割り快音 〜「合気道」鍛錬誓う 前沢で演武〜

平成27年1月26日(月) 胆江日々新聞

 合気道奥州道場(菅原美喜子道場長、塾生80人)の演武会と鏡開きは25日、前沢区の前沢いきいきスポーツランドで開かれた。県南3道場の塾生が一堂に会し、稽古の成果を披露しながら一年の鍛錬を誓った。
 この日は前沢、江刺、一関の塾生50人が集まり初級から上級まで階級別に演武した。園児も、ベテランも「心も集中」「心の和」「気の感応」を念頭に置き、緩急自在の技を繰り出した。
 心のトレーニングという「竹割り」にも挑んだ。老若男女は雑念を払い、木刀を垂直に振り下ろして直径2センチ前後の竹を両断。道場に快音を響かせながら今年の飛躍を願った。
 私立水沢小6年の熊谷優君(11)は合気道歴7年半。「稽古に打ち込むと嫌なことも忘れられ、心が和む。今年は4級から2級にレベルアップしたい」と張り切っている。
 同塾はまもなく創設10年を迎え、6月に記念式典を開くという。菅原道場長(56)は「10年の節目を機に、新たな一歩を踏み出したい。仲間を増やしながら合気道の心得を広めたい」と意欲満々だ。


2014年3月14日金曜日

キラリ輝く奥州人〜合気道を通して社会に貢献できる人づくり〜

広報おうしゅう Vol. 97(2014/3月号)第2面掲載


 前沢海洋センター2階の柔剣道場に、張り詰めた空気が漂う。合気道の指導を行う菅原美喜子さんは、生徒一人一人の細い動きに目を配る。
 高校卒業後、体育教師を目指し、東京女子体育大学に進学。武道の世界に興味のあった美喜子さんは、入学してまもなく、合気道多田塾月窓寺道場の門をたたいた。そこで多田宏師範(現在、(公財)合気会九段)と出会い、瞬く間に合気道のとりことなった。
 大学卒業後は、都内の私立高校で14年間教鞭を執った。その間も合気道を続けていたが、平成7年に「修行の傍ら指導をーーー」と、友人の紹介でスイスへ渡航。10年には、合気道多田塾サン・モリッツ道場を開いた。17年に帰国したが、今でも毎年1カ月ほどドイツとスイスに滞在し、稽古・指導を行っている。
 「合気道の考え方や呼吸法は、日常生活に生かせる」と語る美喜子さん。「仲間を増やしたい。そして、多くの女性にも興味を持ってもらいたい」と、合気道を通じた人づくりに情熱を燃やし続ける。

2014年1月19日日曜日

気合十分 今年も頑張るぞ! 〜研鑽誓い演武会〜

平成26年1月19日(日曜日)付 胆江日日新聞



 合気道多田塾奥州道場(菅原美喜子道場長)の演武会と鏡開きは18日、前沢区のいきいきスポーツランドで開かれた。前沢、江刺、一関の各道場の塾生が一堂に会し、今年一年の研さんを誓い合った。
 同日は子供から70代までの塾生50人が参加。呼吸法などに続き、初級から上級までそれぞれ別れて演武した。小中学生が懸命に合気道をする姿に、保護者や上級者から拍手が送られた。
 小学1年から続けている、江刺一中2年の三浦大輝くん(13)は「足さばきをしっかりと身につけ、今年は1級を取りたい」と抱負を語った。
 菅原道場長(55)は「けがをせず、元気で楽しく、生活に生きる合気道をしていきたい」と塾生の飛躍を願った。

奥州・前沢道場鏡開き 〜合気道 多田塾奥州道場〜

平成26年1月19日(日曜日)付 岩手日報


 奥州市前沢区白山の菅原美喜子さん(55)が道場長を務める「合気道多田塾奥州道場」の鏡開きは18日、同区の前沢いきいきスポーツランドで行われた。
 年長児から70代まで、同市前沢区、江刺区、一関市の各教室で学ぶ生徒約50人が参加。1年の稽古始めとして演武を披露し、心構えを新たにした。
 竹の両端を2つの茶碗で支え、中心を木刀で割る「竹割り」にも挑戦。参加者は茶碗に水を注ぎ、竹を割った反動で水がこぼれたり、茶碗を落としたりしないよう、精神を統一させた。
 一関市の斉藤さん(61)、豊聖君(山目小3年)親子も参加。斉藤さんは「今年はイタリア合気会50周年大会に出るのが目標」、豊聖君は「お父さんに『うまくなった』と言われてうれしい。もっと技を磨く」と決意した。
 菅原道場長は「心の中に敵をつくらず、無心で稽古に励んでほしい」と願っていた。

2012年7月2日月曜日

合気道創始者の弟子 受け継ぐ技と精神


2012年6月13日(水曜日)付
胆江日々新聞

多田師範(現役唯一の九段保持者)が指南
〜前沢で特別講習〜


 国際合気道連盟委員で現役唯一の九段保持者・多田宏師範(82)=東京都在住=がこのほど、前沢区の前沢いきいきスポーツセンターで特別講習会を開いた。東北各地のほか、東京や京都などから愛好者140人が参加。多田師範から技術だけでなく、綿々と受け継がれる精神も学んだ。
 多田師範が主宰する合気道多田塾の奥州道場(菅原美喜子道場長)が主催した。多田師範は合気道創始者・植芝盛平氏(1883~1969)に直接教えを受けた弟子の一人。旧防衛庁や慶応大学などで師範を務め、イタリアを中心にヨーロッパ各地で合気道を広めた。その功績が認められ、94年に日本武道協議会の武道功労賞に輝いた。
 多田師範は参加者を前に「勝ち負けにとらわれないことが大切」「自分の中に敵をつくらない」など合気道の精神を説明。押さえ技の指導では、80代とは思えない素早い動きで相手を組み伏せた。「相手の腕をねじろうと思ってはいけない。むしろ相手と同化するような感覚を持ちながら技をかける方がいい」と動きを交えながら説いた。
 合気道歴14年の高校教諭千葉晶史さん(32)=宮城県登米市=は「呼吸の仕方、体の使い方をわかりやすく教えてもらえた。先生は本当にかくしゃくとしていてすごい。先生の技が見られただけでも良い刺激になった」と汗をぬぐう。
 菅原道場長(53)は「直接指導を受ける数少ない機会。植芝先生の教えを受け継ぐ師範の雰囲気やエネルギーを感じてもらえるだけでも、参加した価値はあるだろう。必ず合気道をしていく上で役に立つはず」と力を込めていた。

2010年4月28日水曜日

”一期一会” 桜に重ね






















2010年4月28日水曜日付

岩手日々新聞 掲載


森さん(ジャズシンガー)歌い浸透

=五輪メダリストパーティでも披露=


 平泉町平泉字泉屋の菓子職人、吉野崇さん(34)(※合気道多田塾奥州道場 前沢教室所属)が作詞・作曲したシングルCD「桜 詩(うた)う」が話題となっている。心に深く染みる楽曲は首都圏を中心に浸透しており、吉野さんは「聴く人に桜と人生がともに『一期一会』であることが伝われば」と思いを語っている。

 CDは自主制作。ボーカルは「上を向いて歩こう」で知られる作曲家でピアニストの故中村八大さんに見いだされた横浜市のジャズシンガー森美紀子さん、編曲とピアノ伴奏は吉野さんの友人で一関市萩荘の古川大さん、フルートは長崎宏美さんが担当している。曲を聴いた森さんが感動し、ライブなどで歌った際に聴衆から”リクエスト”され、実現。収録音は音響がよい吉野さんの店舗「吉野屋」で行われた。

 吉野さんが「桜 詩う」を作るきっかけになったのは、祖母の容体急変と同時期に東京・上野で満開の桜を見たこと。祖母との生活が走馬灯のように浮かび、いつもと違って桜が見え「一期一会」を強く感じ取って創作したという。

 NHKの「いわて みんなのうた」でアマチュアとして初めて採用されたユーモラスな「大根コン」とは趣を異にし、透明感ある曲調の中には出会いや人生の意味などを問いかけるメッセージが込められている。

 森さんが様々な機会をとらえて歌い、口コミもあってCDの売れ行きは好調。28日には都内のホテルで開かれるバンクーバー五輪男子スピードスケート500メートル銀メダリストの長島圭一選手のパーティに森さんが招かれ「桜 詩う」を披露するという。

 森さんは「吉野さんの詩には言霊(ことだま)が宿っている。桜に対する人それぞれの思いを呼び覚ます力が素晴らしい」と評価。古川さんは「メロディが異彩を放ち、編曲では和音が自然にわき出てくる思いだった」と語る。

 吉野さんは「ばあちゃんへの感謝の念を心に刻みつけたかった。この曲から桜と人の一生も『一期一会』であることを感じてもらえれば」と話している。CDは定価1000円(税込み)で販売している。

問い合わせは吉野屋=0191(46)2410=へ

2010年1月19日火曜日

この1年の精進誓う =合気道多田塾奥州道場 前沢で鏡開き会






















2010年1月18日月曜日付

胆江日々新聞 掲載


 市内2カ所に教室を開く合気道多田塾奥州道場(菅原美喜子道場長)は17日、前沢区のいきいきスポーツランド武道場で特別げいこ・鏡開き会を開いた。小学校1年生から70歳までの50人が参加し、呼吸の鍛錬や青竹割りなどで汗を流した。

 特別稽古は念頭の恒例行事で、けいこ始めの意味合いもある。心を鍛えることに重点を置く合気道にとって、1年のはじまりに気持ちを引き締める場として重視されているという。

 けいこでは立ち技や座り技、精神を落ち着け気合いを練るための呼吸法などを修練。菅原道場長が「気持ちを落ち着けて。前に押し出すように」などと声をかける中、生徒たちはゆっくりと身体全体を押し出す動作を繰り返した。

 青竹割りは、(水がなみなみに入った)二つの湯飲み茶碗に青竹を渡し、(竹を)木刀で割る稽古。竹を割ろうと思わないことがポイントで精神の鍛錬になる。

 一関市立千厩小6年の中沢雄哉君(11)は「今年は受け身がもう少し速く取れるようにしたい」と汗をぬぐう。

 菅原道場長は「みんな元気に稽古している姿を見て安心した。普段と違い、今日は大人と子供が一緒に技を掛け合うので、子供たちにとっては自信をつけたり、勉強になるのでは」と話していた。

 稽古終了後は全員でおしるこを食べ、一年間の精進を誓った。

2009年10月12日月曜日

スイス合気会40周年 記念講習会及び演武会















2009年10月10日土曜日付

合気道新聞 第585号 

平成21年10月10日発行 より


 スイス合気会が40周年を迎え9月11〜13日の間、同国のフランスよりにある瀟洒(しょうしゃ)な町として知られるヌーシャテルで記念講習会及び演武会が開催された。

 スイスで多田宏師範が初めて合気道の稽古を行ったのは1965年のことであり、その後暫くしてスイス合気会が組織され、主としてチューリッヒに在住していた池田昌富師範によって指導されてきた。

 講習会にはスイスのほかドイツ、フランス、イタリア、チェコ、ロシア、及び日本から同国のサンモリッツ道場開設者である菅原美喜子多田塾奥州道場代表など十数名、計15カ国、630名が参加した。

 講習会の指導には合気会本部の多田宏、ドイツの浅井勝昭、イタリアの藤本洋二、フランスのティシエ各師範、スイス合気会の指導員数名が指導に当たり、段級により4組に分かれ広大な二つの会場で1日数時間行われた。多田師範は、稽古中に仏、独、英語の通訳を介して、大先生(植芝盛平先生:管理人注)により創設された合気道は単なる格闘術、護身術、武術を超えた命の力を高める高級な訓練法である旨を説いた。

 演武会は小松一郎日本大使ご夫妻、ヌーシャテル市長臨席のもと、ギギ・スイス元郵政大臣で国鉄総裁、画家バルテュス夫人節子・クロソフスカ・デ・ローラさんなど多数の観客を集め、スイス各道場別、参加国別、各師範の順で行われ、引き続き古い館であったホテルで祝賀晩餐会が行われた。(記事:月窓寺道場 坪井威樹師範)


2008年10月6日月曜日

秋はやっぱりいものこ会  一関・磐井川河川公園 家族連れら舌鼓

2008年10月6日月曜日付

岩手日日新聞 一関版掲載


 一関・両磐地方もあきたけなわー。一関市磐井川河川公園で開催中の磐井河原いものこ会は五日、バーベキューや芋の子汁を味わう大勢の団体客や家族連れでにぎわった。

 同日、一関地方はどんよりとした天候だったものの、いものこ会には今季最高の七団体、約三百人が来場。塾生や家族、関係者ら三十人余りが参加した合気道多田塾奥州道場の菅原美喜子道場長は「毎年、みんな楽しみにしている。川をみながら、草の上での芋煮会は開放感があっていい」と語り、参加者と共に笑顔で舌鼓をうっていた。

 主催関係者は「今期は天候に恵まれていないが、出足は例年並み。あとは天候次第。(11日からの)三連休に良くなってくれれば」と期待していた。

2008年1月27日日曜日

「青竹割り」に挑戦 =門下生が精神集中し=

2008年1月24日木曜日付

胆江日々新聞 掲載


 合気道多田塾奥州道場(菅原美喜子代表)の鏡開きは20日、前沢いきいきスポーツランド2階で行われ、特別稽古として、2つの茶わんで両端を支えた青竹を木刀で割る「青竹割り」に門下生が挑戦した。

 竹を置く湯飲み茶わんには、水がなみなみと注がれた。直径約3センチの竹を木刀で割ると、水がこぼれたり茶わんがひっくり返ったりしそうだが、肩の力を抜き一気に振り抜くと竹だけが真っ二つに割れる。

 現役最高位の九段を取得する多田宏師範から指導を受ける菅原代表の奥州道場でも年1回、鏡開きに取り入れている。重要なのは「竹をたたこうとするのではなく、目の前に対象物が何もないという気持ちで、木刀をしっかり打ち下ろすこと」と菅原代表。気持ちの持ち方ひとつで正否が分かれる「心の練習」という。

 前沢、江刺、一関の各教室の門下生(小学生から一般まで計63人)のうち、半数以上が参加した。小さい子供でも水をこぼさない半面、木刀を振り抜けず床に茶わんを落とし、割ってしまう門下生も。

 水をこぼさず、木刀を振り抜いた岩渕文哉君(前沢小学校2年)だったが、「緊張して、(竹が完全に)割れなかった」と悔しそうな様子。「来年はもっと、うまくなりたい」と話した。


※管理人注:

 写真のモデルは千厩から通っている澪羅(れいら)君(小学六年)です。


2005年9月29日木曜日

「欧州での合気道普及活動から帰国し前沢町に道場を開いた」 菅原 美喜子さん

2005年9月25日付

岩手日報朝刊 『人』欄掲載


 スイスを拠点に欧州で約十年間合気道の指導・普及に努め、帰国後に地元前沢町と一関市に道場を開設した。

 合気道と出会い二十数年。「大学時代も欧州でも、多くの人に助けられここまで来ることができた。それに自分は考え方がポジティブ(前向き)でじっとしていられない性格だから」とはきはきとした口調で振り返る。

 大学在学中には、「道場のけいこだけでは物足りなかった」というほど合気道に没頭した。通っていた都内の道場師範と友人の協力で合気道部を設立。道場仲間の呼びかけで部員を集め、初代主将として引っ張った。

 卒業後、十四年間の教師生活に終止符を打ち、「右も左も分からぬまま」単身スイスへ渡ったときも、現地の合気道仲間から仕事先の紹介や、道場開設など助力を受けた。

 語学学校での学習、仕事、けいこと気の休まらない日々。「もう帰りたい」と、くじけそうになったときには、仲間の励ましと持ち前の前向き思考で乗り越えてきたという。

 帰国後は、世界で見てきたこと、自分が受けてきた助力を「今度は自分が誰かに還元する番」。古里の畳に舞台を移し、地元への恩返しと合気道普及に打ち込む日々だ。

 海外へ旅立つときに大反対した両親に対しては「長く留守にしてきたので少しは恩返ししないと」と照れくさそうに笑う。

2005年9月15日木曜日

「故郷に合気道道場開設」 前沢の菅原さん

2005年9月15日木曜日付

岩手日報朝刊掲載


スイスを拠点に欧州で約十年間合気道の指導、普及に努めた前沢町白山の菅原美喜子さん(47)は、故郷の同町と一関市に合気道道場を開設した。世界から故郷に舞台を移した菅原さんは「技術だけでなく、心の鍛錬を積む合気道は相手との調和・和合の武道で女性でも取り組みやすい。魅力を存分に伝えたい」と情熱を注いでいる。


菅原さんは財団法人合気会五段。一九七七年に東京女子体育大学在学中、合気会合気道本部道場の多田宏師範(76)に出会い入門した。

卒業後、都内の高校で生徒を教える傍ら道場に通っていたが、「自分を高めるためにも環境を変えたい」と決意。九五年、十四年間の教師生活にピリオドを打ち単身スイスに渡った。


ドイツ語学校に通い、観光ガイドの通訳などで生計を立てながら、現地の合気道仲間の協力を得て、サンモリッツに道場開設。今年初めに帰国するまで約十年間、イタリア、ドイツなど欧州各国で普及、指導活動に取り組んだ。欧州での活動も軌道に乗り、「日本で指導できてこそ一人前」という多田師範の言葉に従い今年三月に帰国。「世界で見てきたことや、合気道の魅力を伝えることで二十年以上離れていた地元への恩返しになれば」と、同町と一関市にこのほど「合気道多田塾奥州道場」を開設した。


菅原さんは「合気道は呼吸と体の動きを調和させ日常生活にも生かせる」とし、少年の部は礼儀や集中力の高め方などに重点を置き、一般の部では基本練習に加え、呼吸法や技のけいこなども行う。宮城県栗原市から前沢道場に通う会社員阿部慶太さん(32)は「集中力を高め、内面を鍛えることができる」と練習に打ち込む。

菅原さんは年一回程度は弟子に任せてきたスイスの道場を訪れるが、「地元での合気道普及に力を注ぎたい」と故郷での活動に意欲を示す。


前沢道場は、同町のいきいきスポーツランドで水、土曜日の週二日。水曜日は午後六時から同九時まで、土曜日は同五時から同九時までで時間帯によって少年、一般の部に分かれる。一関道場は呼吸法などの練習が主で、木曜日午後七時半から同九時まで。

 

問い合わせは菅原さん(080-5695-9129)へ。

2005年5月29日日曜日

「出会い、縁に助けられて」「合気道多田塾奥州道場」を開設した 菅原美喜子さん

平成17年5月25日付

胆江日々新聞 掲載


 袖振り合うも他生の縁―。

 今年3月にスイスから故郷・前沢に戻り、合気道教室を開設した。「出会ったたくさんの人のおかげで今がある」。歯切れよく話す言葉も、見せる笑顔もどこかしら力強い。


 高校卒業後、体育教師を目指し東京女子体育大学に入学。武道の道に興味を持ち、友人の紹介で「月窓寺道場」の門をたたいた。そこで合気会合気道本部道場の多田宏師範と出会った。

 「今までにない世界」。競技としての武道と異なる合気道に新鮮さを感じた。すっかりのめり込み、人の数倍の練習を重ねわずか1年足らずで段位を取得。大学3年の時には、学内で「合気道部」を立ち上げ、初代主将として活躍した。

 大学卒業後は体育教師として都内の私立高校に勤める傍ら、夜、道場へ稽古に通った。「本当は合気道1本で進みたかったが、食べていくのは難しかった」。月日が流れる中、胸に抱き続けてきた「真剣に合気道をしたい」との思いが、情熱となってわきあがってきた。


 思い立ったら即行動。多田師範の道場で知り合ったスイス人の友人に連絡を取ると、スイスに開設した道場で助手として働くよう勧められた。環境は整った。95年3月に体育教師を辞め、同5月わずかな貯金と情熱を携え、単身スイス・ベルンへ。

 現地では、語学学校の授業と宿題、道場の手伝いを繰り返す日々。それでも逃げ出すことなく続けられたのは「合気道がやりたい」との情熱とともに「このままじゃ戻れないという意地もあったのかもしれない。」


 収入源確保のため、門下生だった女子高校生の計らいで、サンモリッツのスキー場で働いた。当時現地に日本人は1人だけ。ドイツ語の話せる日本人として重宝された。冬季はスキー場、シーズンオフは観光局に勤めながら、ガイドもこなし資金をためた。

 98年8月、「サンモリッツ道場」を借り、初めての道場を開設。翌年には中古の畳30枚を購入し「合気道多田塾サンモリッツ道場」として本格的に始動した。「ここまで来た意味があった。」感動と充実感が全身に満ちた瞬間だった。


 道場の評判は口コミで広まり、今では35人以上の門下生を抱えるまでになった。

 「出会いの『偶然』『縁』というものに助けられここまで来た。人に恵まれたと思う。」大学1年のころ、初めて多田師範の道場を訪れた時に月窓寺の座禅会で住職が説いた冒頭の言葉の意味が、最近ようやく実感を伴って理解できるようになった。

 現地の道場は弟子にまかせ、帰国。これからは郷里に開設した道場で、合気道の魅力と、人とのつながりの大切さを伝えていく。

2005年4月29日金曜日

胆江サークルの輪 合気道多田塾奥州道場



平成17年4月28日木曜日付
胆江日々新聞 掲載
 前沢町の合気道多田塾奥州道場(菅原美喜子代表)は、日常に還元できる合気道を目指している。「現代に生きる武道」と位置づけ、呼吸法は気の練磨、ストレッチなどを組み合わせた独自の稽古を実践する。個々の体力に合わせて取り組め、年齢性別問わず誰でも親しめる。
 合気道は、植芝盛平(1883~1969)が古流柔術の一派、大東流合気柔術を学んで創始した。関節を使った投げ技、抑え技に特色があり、攻めの技を一切持たない。試合がないので勝敗もなく、争いごととは無縁の武道だ。
 同道場は20日に始動したばかり。小学生以上を対象に、少年と一般の2部門に分かれ、週2回の稽古に励んでいる。「継続することで、心身の生命力が養われる」と菅原代表。自ら指導にあたり、合気道の心得をわかりやすく具体的に教えている。
 同道場の少年部では礼儀作法、集中力など内面の鍛錬に重点を置き、生活全般に作用する指導法を心がけている。一般の部は呼吸法やストレッチ、合気体操を取り入れ、年齢や体力に関係なく、それぞれのペースで続けられる。

2005年4月22日金曜日

欧州の次は古里で~前沢の菅原さんが合気道教室開設



平成17年4月22日付
岩手日々新聞 掲載(本文・写真 岩手日日新聞HPより転載)


スイスを拠点に欧州で十年間、合気道の普及・指導に努めた女性武道家が、故郷の前沢町に戻り、合気道教室を開設した。二十日夜、同町字阿部舘の町いきいきスポーツランドで行われた体験入門教室には、子供たちや見学者など多数が詰め掛け、女性武道家の一挙手一投足に注目した。
 合気道教室を開設したのは、同町白山出身の菅原美喜子さん(46)=財団法人合気会五段=。東京女子体育大学在学中に、合気会合気道本部道場師範で東大合気道気錬会師範、イタリア合気会主任教授を務める多田宏氏(75)に出会い、合気道の道を志す。都内の高校で十四年間体育教師を務めた後、平成七年にスイスに渡り合気道の普及・指導を開始。
 現地(サン・モリッツ)に活動拠点となる道場を開設し、今年二月に帰国するまで約十年間、スイスはもちろんイタリア、ドイツ、スペイン、チェコなど欧州各国で合気道の普及・指導活動を展開した。菅原さんは「合気道は、単なる格闘技としての武道ではなく、呼吸と体の動きをミックスして、心と体を思うように動かす鍛錬の場。日常生活の中に生かせる面が多く、合気という言葉に表現されるように、相対する相手と互いに精神を高め合う武道でもある。この点が、欧州の人たちに受け入れられた」と語る。
 二十日夜の体験入門教室でも、子供たちを前に呼吸の大切さ、呼吸と体の動きとの関係を、実技を交えて分かりやすく解説。「朝一番にこの呼吸方法をやると、一日が元気になるよ」と戸惑う子供たちを励ましていた。また、基本的な受け身や相手の力を利用した投げ技も披露した。
参加した村上諒君(水沢南小三年)は「先生に投げられた時、ちょっとぐきっとしたかな」と語り、弟の慧悟君(同一年)は「面白かった。合気道やるよ」とすっかり気に入った様子だった。
 菅原さんは「合気道の呼吸方法に注目している人たちが多いようだ。当面は、故郷での普及・指導に力を注ぎたい。弟子に任せてきたスイスの道場にも年一回は足を運びたい」と意気込みを語る。
菅原さんの合気道教室は毎週水曜日午後五時-九時と、土曜日午後三-七時十五分に、いきいきスポーツランドで開かれている。時間帯によって子供の部、大人の部(高校生以上)に分かれる。問い合わせは菅原さん=(56)5257=まで

【写真】子供たちを相手に合気道を教える菅原さん