2015年2月25日水曜日
一本松で復興大臣印
2015年1月29日木曜日
精神集中 竹割り快音 〜「合気道」鍛錬誓う 前沢で演武〜
この日は前沢、江刺、一関の塾生50人が集まり初級から上級まで階級別に演武した。園児も、ベテランも「心も集中」「心の和」「気の感応」を念頭に置き、緩急自在の技を繰り出した。
心のトレーニングという「竹割り」にも挑んだ。老若男女は雑念を払い、木刀を垂直に振り下ろして直径2センチ前後の竹を両断。道場に快音を響かせながら今年の飛躍を願った。
私立水沢小6年の熊谷優君(11)は合気道歴7年半。「稽古に打ち込むと嫌なことも忘れられ、心が和む。今年は4級から2級にレベルアップしたい」と張り切っている。
同塾はまもなく創設10年を迎え、6月に記念式典を開くという。菅原道場長(56)は「10年の節目を機に、新たな一歩を踏み出したい。仲間を増やしながら合気道の心得を広めたい」と意欲満々だ。
2014年3月14日金曜日
キラリ輝く奥州人〜合気道を通して社会に貢献できる人づくり〜
2014年1月19日日曜日
気合十分 今年も頑張るぞ! 〜研鑽誓い演武会〜
合気道多田塾奥州道場(菅原美喜子道場長)の演武会と鏡開きは18日、前沢区のいきいきスポーツランドで開かれた。前沢、江刺、一関の各道場の塾生が一堂に会し、今年一年の研さんを誓い合った。
同日は子供から70代までの塾生50人が参加。呼吸法などに続き、初級から上級までそれぞれ別れて演武した。小中学生が懸命に合気道をする姿に、保護者や上級者から拍手が送られた。
小学1年から続けている、江刺一中2年の三浦大輝くん(13)は「足さばきをしっかりと身につけ、今年は1級を取りたい」と抱負を語った。
菅原道場長(55)は「けがをせず、元気で楽しく、生活に生きる合気道をしていきたい」と塾生の飛躍を願った。
奥州・前沢道場鏡開き 〜合気道 多田塾奥州道場〜
奥州市前沢区白山の菅原美喜子さん(55)が道場長を務める「合気道多田塾奥州道場」の鏡開きは18日、同区の前沢いきいきスポーツランドで行われた。
年長児から70代まで、同市前沢区、江刺区、一関市の各教室で学ぶ生徒約50人が参加。1年の稽古始めとして演武を披露し、心構えを新たにした。
竹の両端を2つの茶碗で支え、中心を木刀で割る「竹割り」にも挑戦。参加者は茶碗に水を注ぎ、竹を割った反動で水がこぼれたり、茶碗を落としたりしないよう、精神を統一させた。
一関市の斉藤さん(61)、豊聖君(山目小3年)親子も参加。斉藤さんは「今年はイタリア合気会50周年大会に出るのが目標」、豊聖君は「お父さんに『うまくなった』と言われてうれしい。もっと技を磨く」と決意した。
菅原道場長は「心の中に敵をつくらず、無心で稽古に励んでほしい」と願っていた。
2012年7月2日月曜日
合気道創始者の弟子 受け継ぐ技と精神
2010年4月28日水曜日
”一期一会” 桜に重ね

2010年4月28日水曜日付
岩手日々新聞 掲載
森さん(ジャズシンガー)歌い浸透
=五輪メダリストパーティでも披露=
平泉町平泉字泉屋の菓子職人、吉野崇さん(34)(※合気道多田塾奥州道場 前沢教室所属)が作詞・作曲したシングルCD「桜 詩(うた)う」が話題となっている。心に深く染みる楽曲は首都圏を中心に浸透しており、吉野さんは「聴く人に桜と人生がともに『一期一会』であることが伝われば」と思いを語っている。
CDは自主制作。ボーカルは「上を向いて歩こう」で知られる作曲家でピアニストの故中村八大さんに見いだされた横浜市のジャズシンガー森美紀子さん、編曲とピアノ伴奏は吉野さんの友人で一関市萩荘の古川大さん、フルートは長崎宏美さんが担当している。曲を聴いた森さんが感動し、ライブなどで歌った際に聴衆から”リクエスト”され、実現。収録音は音響がよい吉野さんの店舗「吉野屋」で行われた。
吉野さんが「桜 詩う」を作るきっかけになったのは、祖母の容体急変と同時期に東京・上野で満開の桜を見たこと。祖母との生活が走馬灯のように浮かび、いつもと違って桜が見え「一期一会」を強く感じ取って創作したという。
NHKの「いわて みんなのうた」でアマチュアとして初めて採用されたユーモラスな「大根コン」とは趣を異にし、透明感ある曲調の中には出会いや人生の意味などを問いかけるメッセージが込められている。
森さんが様々な機会をとらえて歌い、口コミもあってCDの売れ行きは好調。28日には都内のホテルで開かれるバンクーバー五輪男子スピードスケート500メートル銀メダリストの長島圭一選手のパーティに森さんが招かれ「桜 詩う」を披露するという。
森さんは「吉野さんの詩には言霊(ことだま)が宿っている。桜に対する人それぞれの思いを呼び覚ます力が素晴らしい」と評価。古川さんは「メロディが異彩を放ち、編曲では和音が自然にわき出てくる思いだった」と語る。
吉野さんは「ばあちゃんへの感謝の念を心に刻みつけたかった。この曲から桜と人の一生も『一期一会』であることを感じてもらえれば」と話している。CDは定価1000円(税込み)で販売している。
問い合わせは吉野屋=0191(46)2410=へ
2010年1月19日火曜日
この1年の精進誓う =合気道多田塾奥州道場 前沢で鏡開き会

2010年1月18日月曜日付
胆江日々新聞 掲載
市内2カ所に教室を開く合気道多田塾奥州道場(菅原美喜子道場長)は17日、前沢区のいきいきスポーツランド武道場で特別げいこ・鏡開き会を開いた。小学校1年生から70歳までの50人が参加し、呼吸の鍛錬や青竹割りなどで汗を流した。
特別稽古は念頭の恒例行事で、けいこ始めの意味合いもある。心を鍛えることに重点を置く合気道にとって、1年のはじまりに気持ちを引き締める場として重視されているという。
けいこでは立ち技や座り技、精神を落ち着け気合いを練るための呼吸法などを修練。菅原道場長が「気持ちを落ち着けて。前に押し出すように」などと声をかける中、生徒たちはゆっくりと身体全体を押し出す動作を繰り返した。
青竹割りは、(水がなみなみに入った)二つの湯飲み茶碗に青竹を渡し、(竹を)木刀で割る稽古。竹を割ろうと思わないことがポイントで精神の鍛錬になる。
一関市立千厩小6年の中沢雄哉君(11)は「今年は受け身がもう少し速く取れるようにしたい」と汗をぬぐう。
菅原道場長は「みんな元気に稽古している姿を見て安心した。普段と違い、今日は大人と子供が一緒に技を掛け合うので、子供たちにとっては自信をつけたり、勉強になるのでは」と話していた。
稽古終了後は全員でおしるこを食べ、一年間の精進を誓った。
2009年10月12日月曜日
スイス合気会40周年 記念講習会及び演武会

2009年10月10日土曜日付
合気道新聞 第585号
平成21年10月10日発行 より
スイス合気会が40周年を迎え9月11〜13日の間、同国のフランスよりにある瀟洒(しょうしゃ)な町として知られるヌーシャテルで記念講習会及び演武会が開催された。
スイスで多田宏師範が初めて合気道の稽古を行ったのは1965年のことであり、その後暫くしてスイス合気会が組織され、主としてチューリッヒに在住していた池田昌富師範によって指導されてきた。
講習会にはスイスのほかドイツ、フランス、イタリア、チェコ、ロシア、及び日本から同国のサンモリッツ道場開設者である菅原美喜子多田塾奥州道場代表など十数名、計15カ国、630名が参加した。
講習会の指導には合気会本部の多田宏、ドイツの浅井勝昭、イタリアの藤本洋二、フランスのティシエ各師範、スイス合気会の指導員数名が指導に当たり、段級により4組に分かれ広大な二つの会場で1日数時間行われた。多田師範は、稽古中に仏、独、英語の通訳を介して、大先生(植芝盛平先生:管理人注)により創設された合気道は単なる格闘術、護身術、武術を超えた命の力を高める高級な訓練法である旨を説いた。
演武会は小松一郎日本大使ご夫妻、ヌーシャテル市長臨席のもと、ギギ・スイス元郵政大臣で国鉄総裁、画家バルテュス夫人節子・クロソフスカ・デ・ローラさんなど多数の観客を集め、スイス各道場別、参加国別、各師範の順で行われ、引き続き古い館であったホテルで祝賀晩餐会が行われた。(記事:月窓寺道場 坪井威樹師範)
2008年10月6日月曜日
秋はやっぱりいものこ会 一関・磐井川河川公園 家族連れら舌鼓

2008年10月6日月曜日付
岩手日日新聞 一関版掲載
一関・両磐地方もあきたけなわー。一関市磐井川河川公園で開催中の磐井河原いものこ会は五日、バーベキューや芋の子汁を味わう大勢の団体客や家族連れでにぎわった。
同日、一関地方はどんよりとした天候だったものの、いものこ会には今季最高の七団体、約三百人が来場。塾生や家族、関係者ら三十人余りが参加した合気道多田塾奥州道場の菅原美喜子道場長は「毎年、みんな楽しみにしている。川をみながら、草の上での芋煮会は開放感があっていい」と語り、参加者と共に笑顔で舌鼓をうっていた。
主催関係者は「今期は天候に恵まれていないが、出足は例年並み。あとは天候次第。(11日からの)三連休に良くなってくれれば」と期待していた。
2008年1月27日日曜日
「青竹割り」に挑戦 =門下生が精神集中し=

2008年1月24日木曜日付
胆江日々新聞 掲載
合気道多田塾奥州道場(菅原美喜子代表)の鏡開きは20日、前沢いきいきスポーツランド2階で行われ、特別稽古として、2つの茶わんで両端を支えた青竹を木刀で割る「青竹割り」に門下生が挑戦した。
竹を置く湯飲み茶わんには、水がなみなみと注がれた。直径約3センチの竹を木刀で割ると、水がこぼれたり茶わんがひっくり返ったりしそうだが、肩の力を抜き一気に振り抜くと竹だけが真っ二つに割れる。
現役最高位の九段を取得する多田宏師範から指導を受ける菅原代表の奥州道場でも年1回、鏡開きに取り入れている。重要なのは「竹をたたこうとするのではなく、目の前に対象物が何もないという気持ちで、木刀をしっかり打ち下ろすこと」と菅原代表。気持ちの持ち方ひとつで正否が分かれる「心の練習」という。
前沢、江刺、一関の各教室の門下生(小学生から一般まで計63人)のうち、半数以上が参加した。小さい子供でも水をこぼさない半面、木刀を振り抜けず床に茶わんを落とし、割ってしまう門下生も。
水をこぼさず、木刀を振り抜いた岩渕文哉君(前沢小学校2年)だったが、「緊張して、(竹が完全に)割れなかった」と悔しそうな様子。「来年はもっと、うまくなりたい」と話した。
※管理人注:
写真のモデルは千厩から通っている澪羅(れいら)君(小学六年)です。
2005年9月29日木曜日
「欧州での合気道普及活動から帰国し前沢町に道場を開いた」 菅原 美喜子さん
2005年9月25日付
岩手日報朝刊 『人』欄掲載
スイスを拠点に欧州で約十年間合気道の指導・普及に努め、帰国後に地元前沢町と一関市に道場を開設した。
合気道と出会い二十数年。「大学時代も欧州でも、多くの人に助けられここまで来ることができた。それに自分は考え方がポジティブ(前向き)でじっとしていられない性格だから」とはきはきとした口調で振り返る。
大学在学中には、「道場のけいこだけでは物足りなかった」というほど合気道に没頭した。通っていた都内の道場師範と友人の協力で合気道部を設立。道場仲間の呼びかけで部員を集め、初代主将として引っ張った。
卒業後、十四年間の教師生活に終止符を打ち、「右も左も分からぬまま」単身スイスへ渡ったときも、現地の合気道仲間から仕事先の紹介や、道場開設など助力を受けた。
語学学校での学習、仕事、けいこと気の休まらない日々。「もう帰りたい」と、くじけそうになったときには、仲間の励ましと持ち前の前向き思考で乗り越えてきたという。
帰国後は、世界で見てきたこと、自分が受けてきた助力を「今度は自分が誰かに還元する番」。古里の畳に舞台を移し、地元への恩返しと合気道普及に打ち込む日々だ。
海外へ旅立つときに大反対した両親に対しては「長く留守にしてきたので少しは恩返ししないと」と照れくさそうに笑う。
2005年9月15日木曜日
「故郷に合気道道場開設」 前沢の菅原さん
2005年9月15日木曜日付
岩手日報朝刊掲載
スイスを拠点に欧州で約十年間合気道の指導、普及に努めた前沢町白山の菅原美喜子さん(47)は、故郷の同町と一関市に合気道道場を開設した。世界から故郷に舞台を移した菅原さんは「技術だけでなく、心の鍛錬を積む合気道は相手との調和・和合の武道で女性でも取り組みやすい。魅力を存分に伝えたい」と情熱を注いでいる。
菅原さんは財団法人合気会五段。一九七七年に東京女子体育大学在学中、合気会合気道本部道場の多田宏師範(76)に出会い入門した。
卒業後、都内の高校で生徒を教える傍ら道場に通っていたが、「自分を高めるためにも環境を変えたい」と決意。九五年、十四年間の教師生活にピリオドを打ち単身スイスに渡った。
ドイツ語学校に通い、観光ガイドの通訳などで生計を立てながら、現地の合気道仲間の協力を得て、サンモリッツに道場開設。今年初めに帰国するまで約十年間、イタリア、ドイツなど欧州各国で普及、指導活動に取り組んだ。欧州での活動も軌道に乗り、「日本で指導できてこそ一人前」という多田師範の言葉に従い今年三月に帰国。「世界で見てきたことや、合気道の魅力を伝えることで二十年以上離れていた地元への恩返しになれば」と、同町と一関市にこのほど「合気道多田塾奥州道場」を開設した。
菅原さんは「合気道は呼吸と体の動きを調和させ日常生活にも生かせる」とし、少年の部は礼儀や集中力の高め方などに重点を置き、一般の部では基本練習に加え、呼吸法や技のけいこなども行う。宮城県栗原市から前沢道場に通う会社員阿部慶太さん(32)は「集中力を高め、内面を鍛えることができる」と練習に打ち込む。
菅原さんは年一回程度は弟子に任せてきたスイスの道場を訪れるが、「地元での合気道普及に力を注ぎたい」と故郷での活動に意欲を示す。
前沢道場は、同町のいきいきスポーツランドで水、土曜日の週二日。水曜日は午後六時から同九時まで、土曜日は同五時から同九時までで時間帯によって少年、一般の部に分かれる。一関道場は呼吸法などの練習が主で、木曜日午後七時半から同九時まで。
問い合わせは菅原さん(080-5695-9129)へ。
2005年5月29日日曜日
「出会い、縁に助けられて」「合気道多田塾奥州道場」を開設した 菅原美喜子さん
平成17年5月25日付
胆江日々新聞 掲載
袖振り合うも他生の縁―。
今年3月にスイスから故郷・前沢に戻り、合気道教室を開設した。「出会ったたくさんの人のおかげで今がある」。歯切れよく話す言葉も、見せる笑顔もどこかしら力強い。
高校卒業後、体育教師を目指し東京女子体育大学に入学。武道の道に興味を持ち、友人の紹介で「月窓寺道場」の門をたたいた。そこで合気会合気道本部道場の多田宏師範と出会った。
「今までにない世界」。競技としての武道と異なる合気道に新鮮さを感じた。すっかりのめり込み、人の数倍の練習を重ねわずか1年足らずで段位を取得。大学3年の時には、学内で「合気道部」を立ち上げ、初代主将として活躍した。
大学卒業後は体育教師として都内の私立高校に勤める傍ら、夜、道場へ稽古に通った。「本当は合気道1本で進みたかったが、食べていくのは難しかった」。月日が流れる中、胸に抱き続けてきた「真剣に合気道をしたい」との思いが、情熱となってわきあがってきた。
思い立ったら即行動。多田師範の道場で知り合ったスイス人の友人に連絡を取ると、スイスに開設した道場で助手として働くよう勧められた。環境は整った。95年3月に体育教師を辞め、同5月わずかな貯金と情熱を携え、単身スイス・ベルンへ。
現地では、語学学校の授業と宿題、道場の手伝いを繰り返す日々。それでも逃げ出すことなく続けられたのは「合気道がやりたい」との情熱とともに「このままじゃ戻れないという意地もあったのかもしれない。」
収入源確保のため、門下生だった女子高校生の計らいで、サンモリッツのスキー場で働いた。当時現地に日本人は1人だけ。ドイツ語の話せる日本人として重宝された。冬季はスキー場、シーズンオフは観光局に勤めながら、ガイドもこなし資金をためた。
98年8月、「サンモリッツ道場」を借り、初めての道場を開設。翌年には中古の畳30枚を購入し「合気道多田塾サンモリッツ道場」として本格的に始動した。「ここまで来た意味があった。」感動と充実感が全身に満ちた瞬間だった。
道場の評判は口コミで広まり、今では35人以上の門下生を抱えるまでになった。
「出会いの『偶然』『縁』というものに助けられここまで来た。人に恵まれたと思う。」大学1年のころ、初めて多田師範の道場を訪れた時に月窓寺の座禅会で住職が説いた冒頭の言葉の意味が、最近ようやく実感を伴って理解できるようになった。
現地の道場は弟子にまかせ、帰国。これからは郷里に開設した道場で、合気道の魅力と、人とのつながりの大切さを伝えていく。
2005年4月29日金曜日
胆江サークルの輪 合気道多田塾奥州道場
2005年4月22日金曜日
欧州の次は古里で~前沢の菅原さんが合気道教室開設

岩手日々新聞 掲載(本文・写真 岩手日日新聞HPより転載)



